雇用保険と生活保護の間をつなぐ新たなセーフティネットの制度が10月から本格的に実施されましたが、前の記事からの続きです。
生活保護を抑制するための新セーフティネットへの誘導につながりかねなかった事例(太田市の場合)
Sさん(30代・女性)
私が最初に相談を受けたのは6月24日。同日、生活保護の窓口で相談。失業給付が終わるまでの求職・就労状況によって今後の対応を考えることに。Sさんは日系ブラジル人2世で17年前に来日。以来製造業で働き、6年前に永住資格を取得。いわゆる未婚の母ですが、5歳の息子さんも4年前に永住資格を取得。3年前に帰国した日本国籍をもつ両親と同居。お父さん(74歳)は21歳で移民、お母さん(67歳)は15歳で移民したため、2人とも日本では無年金で、2人ともブラジルを出国して2年以上経過したため、同国での永住資格を失っています。
Sさんは今年1月に派遣切りにあってから仕事が見つかりません。失業給付は8月はじめの受給が最後で、以降は8月に受給した児童扶養手当(母子手当)(8、9、10、11月分で16万円)で生活してきました。今後の収入は10月に受給する児童手当(10、11、12、1月分で2万円)しかありません。
5回目でやっと申請書を交付
生活保護窓口での相談は2回目が7月末。市の担当者は、8月はじめに最後の失業給付を受給するので、その後の求職・就労状況によって判断すると言いました。
3回目の窓口相談は8月18日。市の担当者は、児童扶養手当が支給された直後であるとして、さらに求職活動を続けるよう言いました。
4回目の窓口相談は9月14日。市の担当者は、8月の収入が失業給付と児童扶養手当を合わせて25万円以上あり、生活保護基準の約2か月分の収入(9月分の収入もある)となることから、さらに求職活動を継続するよう言いました。
5回目の窓口相談は10月1日。ようやく生活保護の申請書を受けとることができました。
Sさんは民生委員の援助で申請書を書き上げ、民生委員の署名・押印ももらい(太田市では生活保護の申請には、民生委員が署名・押印した意見書や「自立計画書」の添付が必要です。しかし法律では民生委員が署名・押印した意見書や「自立計画書」の添付は求めていません。法律を逸脱した行為といえます)、10月6日、申請書を提出します。
私のいない間に
しかし市の担当者は、「他の福祉施策が優先。10月からの住宅手当や貸付金の利用が優先される」と申請書を受理しません。
実は私は、Sさんの窓口相談には初回から5回目まではすべて同行していましたが、この10月6日の申請書の提出には同行していませんでした。書き上げた申請書を提出するだけなので、同行は必要ないだろうという判断でした。ですから、Sさんの申請書が受理されなかったことも後になって知りました。
10月7日、生活保護の担当者から勧められるまま住宅手当の申請をしたSさんは、その直後にやはりその担当者から進められ貸付金の窓口である市社会福祉協議会(市社協)に行きます。市社協で貸付金の説明を受けたSさんは、「借金は後で返すのが大変だから」と貸付を断ります。
心配で電話すると
10月14日、「生活保護申請後の生活費は大丈夫だろうか」と心配した私が電話をすると、Sさんは泣きながら「申請書を受け取ってもらえなかった」と言います。くわしく事情を聞くと、どうやら10月からの家賃手当や貸付金を受けられることが不受理の理由のようです。
押し問答
翌15日に私も同行して窓口を訪ねると、担当者は「他の福祉施策が優先」と言います。
「貸付金は、福祉施策ではない。仕事が見つからないと返済のメドがたたないではないか」と言う私に、「返済猶予期間中に仕事が見つかるかも知れないじゃないですか」と担当者。
「仕事が見つからなかったらどうするのか」と言う私に、「そのときはまた考えればいいじゃないですか」と担当者。
「返済のあてがないまま、仕事が見つからず、また借金を重ねることを進めるのか。なにより、2回目も確実に借りられるのか」と言う私に、「それはそのときに考えればいいじゃないですか」と担当者。
「借金を抱えたままでは、仮に生活保護になっても生活が成り立たないではないか」と言う私に、「仕事が見つからないとは決まってないじゃないですか」と担当者。
押し問答の繰り返しで、まったく話になりません。
私は、太田市の生活保護行政を所管する上級官庁の県健康福祉課保護係や厚生労働省保護課にまた問い合わせることを担当者に告げました。
同時に私が考えたのは、このまま押し問答を続けても、時間が過ぎるばかりで、Sさん一家の経済的困窮が進むばかりだということです。
ここは、ひとまず住宅手当と貸付金を利用し、その後、生活保護を再度求めるしかないと判断しました。
たまたま、その直後に生活保護窓口の課長から、市就職支援センター「ヤングアタックおおた」で仕事を探すよう勧められた私は、まずSさんとともに、市社協で10月からの貸付金の申し込みの手続きを進め、「ヤングアタックおおた」に行きます。
「時給800円。一日4.5時間勤務」という仕事がありました。
さっそく担当者からその会社に電話をかけてもらい、翌16日に面接を受けられることになりました。
採用されると、(時給800円×4.5時間×月22日勤務=79,200円)+児童扶養手当・月4万円+児童手当・月5千円+家賃手当・月12,000円(県営住宅家賃の実費を支給)=月136,200円の収入となります。
ちなみにSさんの場合、貸付上限が月20万円(複数世帯の場合)×貸付期間は最大6ヵ月(6ヵ月後に就職できなかった場合はさらに6ヵ月の貸付可)、保証人をつける場合は無利子、返済猶予は最後の貸付後から6ヵ月間、貸付後に就職した場合は就職した翌月まで貸付可となります。
採用されれば一息
Sさんの場合は、仮にその会社に11月から採用されると、貸付金は12月まで借りられるので、最初の給料をもらえるまでの生活費も確保できます。
採用されれば、ひとまず一息つけます。
なぜ、もっと早く、申請書を受け取ってもらえなかったときに、すぐ私に電話をしなかったのかと聞く私にSさんは、「『生活保護もだめ』と市役所の人に言われ、借金は返すのが大変で生活が苦しくなる。だから、どうしたらいいのか分からなくなって毎日家族で悩んでいた。水野さんに言っても、もうどうにもならないと思っていた」と言います。
ちなみに生活保護の制度では、申請権が保障されているのは日本人だけとされます。
外国人の場合は、「申請による生活保護の決定」ではなく、「生活保護の実施機関(市や東京23区は市・区役所、町村は都道府県福祉事務所)の措置による生活保護の決定」とされます。
もしSさんが日本人なら、「申請権の侵害は違法」として、担当者と上記の “押し問答”などせずに申請受理を認めさせるところですが、外国人であることから、上記のようなやり取りと選択をせざるをえなかったのです。
法律で「外国人でも一定の条件を満たせば生活保護の対象」としながら、申請権を認めないのは法律の不備でしかありません。早急な改善が必要です。
■新たなセーフティネット
下記ブログ記事参照
新たなセーフティネット
10月から本格実施
しかし問題もあり
※09年09月24日付「本ブログ記事」