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告別式
26日、27日と二日続けて告別式に出席しました。
26日は享年81歳の女性、27日は享年66歳の男性の告別式でした。
お二人とも、私が旧尾島町議選(05年3月に、旧尾島町は新田、藪塚本の旧2町、旧太田市と合併)に立候補するため、99年に旧太田市から引っ越してきて以来10年間お世話になってきた人たちでした。
ただ81歳の女性とは、ほとんどお会いする機会もなく、ご主人とお付き合いをさせていただいていました。いまでは、81歳でも「天寿をまっとう」とは言えなくなりましたが、27日の告別式の66歳の男性は、「まだまだ早すぎる」というのが実感です。
ご家族の悲しみは、いかばかりかと…察するにあまりあるものがあります。
この66歳の男性は、尾島で土建会社を興した社長で、私と同じ年齢のご長男がすでに跡を継いでいます。
お付き合いさせていただくようになったきっかけは、10年前に尾島に引っ越してきた直後ですが、社長と親交のある人からの紹介でした。
4年前に合併して新しい太田市になるまでは、社長の会社やご自宅が私の住むアパートと近いこともあり、ちょくちょくおじゃましては、いろいろと貴重なお話をうかがっていましたが、合併後は私の活動範囲が広くなったこともあり、お会いする機会もあまりつくれないままでいました。
社長の奥さんからがんだと聞かされたのが春頃でしたが、なかなかお会いできずに、最近になって入院したことを聞いたときも、「今度こそお見舞いに」と思いながら、結局、お見舞いすることもできずに告別式になってしまいました。
社長。
ご家族・ご親族のみなさん。
本当に申し訳ありません。心からご冥福をお祈り申し上げます。
見るからに頑健な人で、まさか、がんで亡くなるとは思いもしませんでした。
今年のはじめまでは、現場にも出ていたので、社長の奥さんからがんだと聞いたときはとても信じられませんでした。
私が印象に残っているのは、まず、土木建設業を経営していながら、公共事業にはとてもきびしい評価をする人だということです。
旧尾島町の時代には、毎年あるイベント会場(河川敷)の整地・整備を請け負っていたそうですが、あるとき町長に「ここは舗装してしまえば、毎年整地する必要がなくなる。いったんは金がかかるが、その後は経費も節約できるではないか」と進言し、町長もこれを受け入れたといいます。
また私が、国はもちろん町や市の公共事業の「これがムダ」という前に、「本当はこんなことを言えば、自分たちの仕事がなくなってしまうんだろうけど、あれはダメだと、北部運動公園や中島航空記念公園(現在は「中島知久平記念・地域交流センター」と改称)、(株)大田国際貨物ターミナル、BBCOなどを批判していたことも鮮明に印象に残っています。
「ムダな公共事業でいっときは儲けても、あとでかならず借金になり、税金が上がったりして自分たちにとってもいいことはない」――社長の口癖でした。
「会社は地域とそこに住む人たちに貢献しなきゃならない」
「従業員を大切にしなければならない」
「地域の人たちがちゃんと食っていけるようなら、自分たちの商売もやっていける」
「従業員の給料や健康診断、社会保険など金はかかるが、従業員がいてこそ商売が成り立つ」
「派遣や偽装請負なんて、厳しく取り締まってなくせないものか。あれじゃあ、働いてる人たちがかわいそうだ」
――私が訪ねるたびに、こうしたことを話していた社長の姿が思い出されます。
あるときは、「公共事業の入札資格の審査に、下請け率(元請業者の受注額にたいする下請業者への発注額の割合)や元請業者が下請発注をする際の地元業者への下請発注率、従業員の賃金、社会保険の加入・未加入、健康診断の実施の有無を加えることはできないか」と相談されたこともあります。
この社長の提案は市議会でも取り上げ、市長も「下職(下請業者)や従業員を大切にしているかどうかは大事。そうなるように考えたい」と答えましたが、しかしその具体化は、まだまだかなってはいません。
市の公共事業を受注している会社の社長ですから、私も最初はお付き合いには気をつけていましたが、そんな心配はまったく無用の社長でした。
経営上・仕事上で有利な町や市の公共事業の情報を何か聞き出そうというようなことは、いっさいない人でした。
本当に惜しい人をなくしたと思います。
社長。ご家族・ご親族のみなさん。
お見舞いにも行けずに、本当に申し訳ありませんでした。
安らかに、お眠りください。
謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。
社長が生前言われたこと、これからも一生懸命取り組んでいきます。
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